●A子さん55歳、独身
結婚願望
私、結婚しようと思います。
この年齢で結婚して幸せになれるのでしょうか?
A子さんが初めてカウンセリングに訪れたのは、15年前でした。
その頃は、勤めていた会社の倒産による転職の不安と学生時代の恋の後悔でした。
無事転職したものの、兄弟のいないA子さんは両親の介護のために再び離職し、
10年に及んだ介護の末、両親を看取りました。
そして、生活も落ち着いた頃、このまま一人で老後を生きていくことに自信がなくなったのでした。
今までにお付き合いをした方もいましたが、いつも大学生時代の彼と比較してしまい、
数回のデートでA子さんから断っていました。
B氏との恋
B氏とは大学のサークルで知り合いました。
初めての恋で、小さい頃に母から「私はお見合いで結婚したからあなたは恋愛をして結婚するのよ」と
言われていたA子さんにとって、B氏は白馬に乗った王子様でした。
博学の彼は尊敬でき、生きていく目的や結婚の意義を熱く語り合い、お互いの信頼も深まっていました。
大学4年の時、「就職が決まったら君と結婚したいと思っている」と告白されたのは一緒に旅行に行ったときでした。
「僕は君との結婚に希望が見える。将来を一緒に歩もうと思う人に出会えた自分は幸せだと思う。
何十年も先のことは見えないし、日々の生活に苦労することもあるかもしれないけれど、
お互いの信頼と尊敬があれば乗り切れる」とも言われました。
A子さんが前向きでない返事をすると、B氏は突然泣き始めました。
涙を流すB氏の真剣な姿を見たA子さんは、「私たちは結婚するんだ!!22歳で結婚する」という意識が生まれました。
彼と共に一生歩んでいく決意と同時に一抹の不安もありました。
B氏との別れ
B氏はすぐに就職が決まりましたが、A子さんの就職はなかなか決まらず、落ち込んでいました。
B氏からは「就職しようとする意欲が感じられない。いつまでも学生気分でいると社会人として通用しない。
君は頭もいいし、資格ももっているのだから、自信をもって欲しい。
僕たちには明るい未来があるのだから頑張ろう」と励まされました。
しかし、その一言に、就職をしたくないお嬢様のように思われていると感じたA子さんは、
結婚は考えられないと返事をしたのです。
その後、「君を傷つけたつもりはなかった。将来人生を共にしたいと思う女性を否定なんかしない。
君が就職活動で苦しんでいる姿を見て、僕は力になりたかった。1人で悩んでいる姿をただ見ていることなんかできない。
僕ができることは君を励ますことなんだ。信じ合える人を失うなんて考えられない。
もう一度僕と人生を歩むことを考えて欲しい」とB氏からは謝罪の手紙が届きましたが、
A子さんの結論はB氏との結婚を断る形になりました。
A子さんの後悔
A子さんも就職をし、数年後にB氏が結婚したことを知りました。
それからA子さんの苦悩が始まりました。
友人からB氏が海外に赴任することを聞いたA子さんは、彼に自分が結婚を断った後悔の気持ちを伝えようと電話をしました。
B氏は「A子さんとのお付き合いは楽しかったし、出会えてよかったと思っています。
しかし、僕は今、幸せです。大切な家族がいます。妻を子供以上に愛していますし、
子供を良き社会人にするために妻と協力して精一杯育てています。結婚して本当によかったと思っています。
あなたとのお付き合いをしていた頃の僕は、あなたに対して一生懸命でした。
後悔はしていません。A子さんも幸せになってください」と誠意をもって話してくれました。
しかしその誠意に、A子さんは更に落ち込みました。
私は未熟だった、結婚する相手はB氏しかいなかったのに安易に断ってしまった。
もう私の人生はおわってしまったと海の底よりも深い後悔をしたのです。
そして、このような考えを持ち続け、転職、両親の介護、葬儀や遺品の整理、自分の病気と、
なんでも1人でこなさなくてはならない度に更に深い後悔に苛まれてきたのです。
30年以上彼を想い続ける深い愛はA子さんの人生を暗い闇の中に引き込んでしまいました。
精神科医からは「あなたは過去にしがみついて前を見ようとしない。自分が出した結論に責任を取らず、
今あの人がいたらこんな苦労しなくて済んだはず、なんて虫がよすぎます。過去には戻れないのです。
もっと自分を大切にしなさい」と言われていました。
カウンセリングでも同じような状況でした。
B氏との思い出と現実の堺の折り合いをつけなければならないA子さんは中高年専門の結婚相談所に入会しました。
それでもA子さんの想いの中にいるB氏は、年を取らず生き生きとA子さんの世界に生き続けています。
(続く)